スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

杉本篤彦さんの日記、Rie a.k.a Suzakuさんのコメントを読んで / このギタリストを知らずして死ぬべからず Vol.7

動画が多すぎて重くなったので少しずつ更新することにしました。食わず嫌いのように避けず、すべての方の演奏を聴いてください。素晴らしい演奏をされています。

アンガス ヤング






彼を忘れてはいけません。永遠のスクールボーイ
高速ブギーのリフ、ソロを弾かせたら天下一品
ステージ上を所狭しと走り回る姿を実際に観て元気をもらいました。

杉本篤彦

親指ストロークの鬼才

全国ツアーが決定 後日詳細を記載

Rie a.k.a Suzaku


新進気鋭

8月にライヴDVD、ニューミニアルバムが発売

HMVオンライン初回予約購入にかぎり特典あり

杉本篤彦さんの日記、Rie a.k.a Suzakuさんのコメントを読んで / このギタリストを知らずして死ぬべからず Vol.6

動画が多すぎて重くなったので少しずつ更新することにしました。食わず嫌いのように避けず、すべての方の演奏を聴いてください。素晴らしい演奏をされています。

ゲイリー ムーア


マシンガンピッキングとチョーキングが彼の真骨頂

マイケル シェンカー






もう言うまでもないですね。
あたたかくザクザクと弾くリフのトーンは私の憧れのトーンです。独特のトーンで弾く、速弾きのソロももちろん凄いですが、チョーキング、ビブラート、チョーキングビブラートのバラエティーの多さが彼の真骨頂。
また、左手小指を(ほぼ)使わずに彼はギターソロを弾きます。

故 レス ポールさんの誕生日

今日はロックの日だそうだ。6と9だから、ロック。

でも69にすると海外ではエロくなってしまう。(’)がないと1969年にならないからだ。69の意味は私が言うまでもないと思うが、場をわきまえて、人を選んで冗談のように69について話すのが良いと思う。

今日は故レス ポールさんのお誕生日だ。また、ニュースにも取り上げられていたが、グーグルの画面にとんでいただくと、ちょっとしたお遊びができる。

でも、その情報を知ったのは、Erica@Darkness Roseさんがつぶやかれていたから初めて知ったのですべて受け売りである。

レス ポールさんの音楽はラジオで聴いたぐらいしかない。

でも、凄いテクニックできれいなトーンでギターを弾かれていたので驚いた。初めて聴いた時は20代だったが、車の車中で聴いていたラジオを聴き入ってしまった。

せえの、で一発勝負で演奏して収録していた録音方式を多チャンネル録音の奔りをされた方で、それも自らが考案した機材だ。今のMTRはCD-Rでも古くなっているのかもしれないし4トラックの物もないかもしれない。

でも、当時4トラック使えたら凄いことをやっている、といわれただろう。2トラックでも凄い時代だからである。

今の時代だと簡単に編集できるので宅録編集も誰でもできるし、パソコンでされる方も珍しくない、というか、そういう人が多いだろう。

ジェネレーションを感じられるだろうが私はカセットテープ式の4トラックMTRをいまだに持っている。高校生の時に買ったものである。使用していないが今でも使える状態である。

バンドの宅録ではなく音効を作るために使っていた。知る人ぞ知る、高校生ミュージカル集団 ZES の末席に所属していて形上は音響、音効担当だった。そのために多重録音するためにMTRを購入したのである。

市(県だったかもしれない)の公民館をタダで借りる、という今では考えられないことを私が加入する前に当たり前のようにできるようにしていたので、尊敬する先輩のnBさんや幼馴染達は当時から凄かったのだなあ、とあらためて思うが今の年齢になると、嫌なガキ達だなあ、と煙たがる人が当時、いらっしゃった気持ちはとてもわかる。タダで貸しているからである。普通はお金を払って1時間いくら、という貸し方だった。そこで、それぞれの皆さんが週何日かに分けて教室を開かれていた。

だが私達は3階のスペースをタダで毎日公民館が閉まる午後10時(だったと思う)まで使わせてもらっていた。倉庫にも荷物を大量に置いていたので、整理整頓をしなさい、と何度かいわれたように思う。煙たがられていたのだろう。

今は市民ミュージカルをやる団体があるが、当時は学生だけが集まる団体は私の住む県ではひとつもなかった。大体は各高校の演劇部に入るのだと思う。基礎練習は学べるかもしれないが、規制範囲が決められているのでエキセントリックなことができない。

だが、所詮素人集団、と思っていた方々が各高校の演劇部にいたそうだが、彼らは売り上げを出すことができないので、素人集団ということにはなんら変わらない。しかし、私達は売り上げを出すことができたので、素人集団でも少し先に進んでいた。

解散した理由は仲間割れでもなんでもなく大学生や専門学校で県外に行ったことで集まれなくなったことと、金沢で一番大きなホールでやり、売り上げが出せなくなり赤字が出たからであった。ただ、いまだに親しい付き合いがある先輩、同級生のメンバーがいるので喧嘩別れではない。

第一期メンバーは60人以上だった。私は第2期から参加した。

元々はnB先輩と幼馴染のフォーエバーヤングKrdちゃんとD-51ちゃんの2人と彼ら2人の同級生のchuuちゃんの4人で始めた団体だった。私は幼馴染が参加していたので第一期公演を観ているし、その後に誘われて第2期から加入した。第1期でやめていった人も多かったが第2期から入ってきたメンバーも少なくなかった。半分ぐらいの規模になったが、そこに加入したので好き勝手をさせてもらった。

D-51ちゃんが営業として仕事で成功しているのはこの時に行っていた協賛集めがあったからだと思う。彼は協賛を集めた数が一番多かった。

協賛集めをしないと興行はできない。今から考えると恐ろしくなるが飛込みでどこへでも入っていくのである。

そこで学んだことは、若い時は馬鹿一直線で良い、ということである。これはかなり好感がもたれた。真っ白な気持ちで闇雲に訴えかけるので、相手も心意気をかってくれる。第一、学校行事でない人間が、協賛をしてください、ということ事態が無謀である。

歯科医院を何件も回った記憶がある。大体、院長が、払ってあげなさい、と受付の方に言って現金でくれる。領収書をきって渡す。これを繰り返すのである。どんだけ歯科医院は儲かっているんだ、と高校生ながらに思った。協賛の欄は歯科医院が多かったからパンフレットをもらった人は、不思議に思ったかもしれない。

バッティングセンターのオーナーに会いに行ったときは、協賛はほかの学校でやっているから、とはじめに言われて、協賛の欄の書き方を注意された。これでは協賛した意味がない、と言われた。でも、お前らの行動力に対しては俺は気に入ったよ。俺は馬鹿まじめな奴が今の時代にいてもいいと思うからそんな奴らは好きだよ。そのお前らの行動に今回は金を払う、と言ってくれた。とても、うれしかった。

協賛してくれた企業やそれぞれの方々に宛てて私は汚い字で封筒にそれぞれの方々の名前を書いて送った。チケットと挨拶文、パンフレットである。今考えると怖いもの知らずである。

私は東京にある全民放テレビ局に取材してくれるように手紙をワープロで打って送った。かなり熱いことを書いたと思う。もちろん、反応はなかったが、それが当たり前だと思う。そんな人間は日本中でかなりいるだろうから、地方の高校生集団に興味を持ってくれることなどないだろう。

しかし、今だにやってよかったと思っている。やっておけばよかった、とあとで後悔するぐらいならやって玉砕した方がよい。その考えはその時に学んだ。

どうしようもないぐらいに高く、超えることができない壁は世の中には必ずあるが、はじめから無理だ、とあきらめるぐらいだったらやらないほうが良い。やる、と決めたら、無謀でも当たって砕けろ精神、でやらなければ絶対に世の中の人に見てもらうことはできない。限界を自分で決めて一歩も前に歩むことができない表現者で成功している人を私は見たことがない。

今の時代だったらやる気になれば何でも使って仲良くできるし、そのツールをきっかけに手紙を手書きで書いて送ったり、直接会う相談をさせてもらうこともできる。

手紙は手書きが一番よい。パソコン打ちだと読みやすいが、情熱をあまり感じない。私は真剣にお願いする時は手書きで書いたほうがよいと思う。古い考えかもしれないが、このことは万国共通だと思う。

やるのは簡単だからやればよいと思う。20代でやりたいことがあるのに悶々としている人がいたら、とりあえずやってみればいいと思う。やるだけやって駄目でした、となれば、次に何をしようか、と切り替えられる。30代、40代ではそんなことを繰り返すことができないし、相手をしてくれなくなる。いい歳ぶら下げてなにを言っているの、と思う人が多くなってくるからである。可能性はゼロではないが低くなってくる。

思ったら即行動。鉄は熱いうちに打て、である。

そのことに早く気づいて行動している人は若くして成功している。

世間が、とか、人が、という前にやればよい。やれば可能性はゼロではない。やらなければゼロである。

戦中だったら好きなことができない。決められた道を嫌でも歩まなければいけない。そのことを考えれば、不況だから、国家が、世間が、時代が悪い、というのは言い訳でしかない。

リストラされて、仕事を見つけることができないのなら、何か隙間産業で食えるギリギリでもよいから起業してやろうか、と思うのもよいと思う。生活水準を下げたくないから文句を言ってしまう。お金がないのだからそのことは仕方がない。生きていくためにはお金がないといけない。

金を稼ぐ方法を考えればよい。追い込まれて、ネガティブに考えて犯罪に走る人も少なくないが、ポジティブに考えて、これはチャンスなのかもしれない、と思えばよい。

お金があっても仕事ができない人がいる。失敗する人がいる。お金がなくてもそこからお金を回せるようになった人は少なくない。

あんな仕事をやっているんだって。人が嫌がる仕事だから、ろくな仕事ではない、といわれ、服もみすぼらしいものを着ていたので、良い顔を近所でされていなかった夫婦が、2人で解体業をやっていたが、今では産業廃棄物の取り扱いだけでも市で一番の売り上げで、大豪邸に住み、奥さんは普通の格好をして、現場には出ていなく、夫は今では従業員を何人も抱えて現場に出ながら営業にも回っている。

それも、やり続けたから、これを今すぐすれば儲かるかもしれない、と考えて成功した例である。

リサイクルショップで全国チェーンを展開する堀之内さんは事業に失敗して浮浪者だった。ある日、ごみの中から石油ストーブを拾ってきて直して使用していたら、浮浪者仲間から、そのストーブを売ってくれ、といわれて、リサイクルショップをはじめた。彼はすぐに市内に何店舗のリサイクルショップがあるか調べて、何店舗もあることがわかると、それだけの需要があるのかもしれない、と思い、創めて、成功した。普通だと、もう数店舗あるから勝負にならない、と思う人が多いだろうが、彼はそうは思わなかった。

ジャパネットたかたも社長が資金が少ない中で始めて、今では全国的に展開する通販大手会社になった。彼も必死になって儲かる方法を考えたと思う。

大ヒット、ホームランを狙うのは足がかりがついてからでもよいと思う。簡単に出すことはできない。でも、こつこつやっていればヒットを量産できるようになると思う。その内の1本が大ヒット、ホームランになるかもしれない。でも、やらなければゼロである。

浮かれてはいけない。現状に満足してはいけない。

少なくとも自分なりに薄利多売とはいえ買い付けてきて、プラスに持っていったものがある。マイナスはあるが少ない。それも、やったから、なぜマイナスが出たのか。マイナスにならない買い付け方やプラスになる商品は何か、がわかったのは経験が蓄積されていったからである。スケベ心でヒットを狙ったからはじめに大失敗した。今は一切儲からないことがわかったので手を出さない。

日本は趣味の世界の文化が育っていない。演劇も音楽も車も、すべての分野で、長い期間に渡りファンになる情熱的な趣味の文化が育っていない。

誰とは言わないが、音楽を音楽ではなくしている人がいる。産業ロックと揶揄されたピンクフロイドだが、彼らは自分達の音楽に誇りを持っているし、情熱を注いで制作していた。

しかし、まったく音楽をないがしろにして、それをよしとしている人が大勢いることに私は疑問に感じる。それぞれの方の人生だからそれでよいのだが、いったい何が残るのだろうか。制作者も演者もファンも何もそのことに気づいていないのではないだろうか。

商業ベースとしては日本人の性格をよく理解しているやり方なので凄い発想だと感心する。それは認める。しかし、音楽はどこに行ってしまうのだろうか。売れればよい、という考え方は文化が残らない。使い捨てである。それは車でも、演劇の世界でも同じである。

残念ながらそのことに気づいている人が少なくなってきている。とても、危険である。ノリだけで行動することは危険である。

学生運動時代に真剣に参加していた人間は意外と少ないという。ノリである。誰々が行くから、俺も行く、という人が多かったらしい。当時を知る人は、付き合いきれないから参加なんかあほらしくてしなかった、という人が意外と多い。

学生運動で挫折した人達世代の方々が今では各分野で上に立つ地位になっている。引退した人も多いがいまだにその地位にいる人もいる。当時を引きずり、自由をはき違いをしている人が多い

彼らは人を育てなった。そして、その下の世代は個人主義にさらに拍車をかけて、バブルを経験したので、さらに人を育てるより、人を利用して儲けるやり方を考えた。その方々が今や上の地位になっている。

彼らは気づくだろう。自分達はいったい後世に何を残したのだろうか、と。その時になり、はじめて何も残していないことに気づく人も少なくないだろう。

いつの時代も人を育てる人がいる。そのような方の声は今はかき消されているかもしれない。しかし、彼らは後世に残るものを育てているので、育ててもらった人が語り継ぐ。

今の時代は先生の大安売りである。先生といわれて浮かれている人が意外と多く、大手を振って歩いている。そんなものは糞くらえである。ハングリーさを失ったものはあとは落ちるだけである。創作意欲が薄れていく。名前だけで仕事をするようになる。そして、飽きられる。

実は彼らは一世代前のことを意識せずに繰り返していて、先人達がやっていたことを超えていないことはもちろん、近づいてすらいないということを完全に忘れている。だから、各分野の売り上げが落ち込むのである。
廃刊になる書籍が多いのは先人達のやったことを繰り返しているから飽きられただけなのである。活字離れではない。それは言い訳である。車雑誌が廃刊したときに、若者の車離れ、と書くがそれもいい訳である。自動車会社はもちろんだが、自分達も文化を育てなかったから無関心になっただけである。魅力的ならお金を出して買う。今の世代はクールである。馬鹿にしてはいけない。

今の時代に後世に残るものを生み出した方はタイムラグがあるだろうが評価されるだろう。地位や名誉を手に入れたら学歴がほしくなった、という人がいるが、本当は後世に残る人を育てることが大切である。

ロック、とは生き方である。ロックンロール、と叫び、これこそロックだろう、という格好をしていても本物ではない。本物のロッカーは身なりではなく、ロックの魂を持って日々闘い続けている人こそがロッカーである。スーツを着ていても、作業着を着ていても、いつもぶれず、一本気な魂を持っていればロッカーである。たとえ人から見たら格好悪くても、不恰好でもその人の心の中に燃え上がるものをいつも持っていればそれこそロックである。

レス ポールは後世に残すものを生み出し、後世に残る人達を間接的に育てた。彼の晩年に開かれたイベントに一流ミュージシャンが集まった。世代はバラバラである。でも、彼らは皆、レス ポールのことを尊敬している。だから、光栄に思い、イベントに参加した。

彼は年老いてもステージに立ち続けた。彼のステージが観たかったらその月の決まった日に観に行けばステージを観る事ができた。生涯現役を貫いた。

そして、彼の名前は永遠に語り継がれるだろう。多くのギタリストが、一度は所有してみたいと思うギターがある。 ギブソン レスポール がまさしくそれである。彼は後世に語り継がれる究極のものを生み出したのである。

彼こそ音楽を大切にしていた、まさしく、音楽家の中の音楽家、ではないだろうか。

故 レス ポールさん
故レス ポールさん
私が所有する直筆サイン
私がコレクションしている直筆サイン 海外で購入して売るために日本に発送する前にレス ポールさんは亡くなられました 亡くなったその日に5倍の値段に跳ね上がりました

杉本篤彦さんの日記、Rie a.k.a Suzakuさんのコメントを読んで Vol.5

動画が多すぎて重くなったので少しずつ更新することにしました。食わず嫌いのように避けず、すべての方の演奏を聴いてください。素晴らしい演奏をされています。

リッチー ブラックモア







言うまでもありません。

サンタナ


トーンが素晴らしい。チョーキング一発でノックアウトされるギタリスト。
ブラック マジック ウーマン はカルロス サンタナの曲と思われていらっしゃる方が少なくないですが、ピーター グリーン在籍時代のフリートウッド マックの代表曲です。フリートウッド マック、といったら、スティーヴィー ニックス、と言うイメージですが、元々はブルースバンドです。

杉本篤彦

親指ストロークの鬼才

Rie a.k.a Suzaku

新進気鋭
8月にライヴDVDとニューミニアルバムが発売

2011/6/5 JealousGuy 20th Anniversary LIVE

2011/6/5 JealousGuy 20th Anniversary LIVE編集する 2011年06月06日23:54 今日は晴れていた。

昨日は昼過ぎに雨が降ったが、夕方に雨はやんだ。

昨日は、JealousGuy 20th Anniversary LIVE を観に行ってきた。

マイミクシィである★ぎょ★残像法師★さんのお誘いで観にいくことにした。ドラムを叩かれる、ということを事前に知っていたが、金銭的に厳しいかもしれません、とメッセージをしたところ、出演されるプロミュージシャンのメンバーが凄いから、観ないと後悔するから観ておいたほうが良いよ、とおっしゃったので急遽観に行く事にした。

事前にメッセージを送って連絡をさせていただいていた。

何時に終わるかわからなかったので原付で行こうと思っていた。

雨が降っている、ということで、車で行け、といわれて車を借りて行く事にした。

午後5時開場だったのだが、事前に★ぎょ★残像法師★さんとお会いする、ということを決めさせていただくことになっていた。

しかし、御大ドラマーが出演することになっていたのでローディーも兼務することになっているので手が離せそうにない、と当日におっしゃった。

コインパーキングの近くでお金がもったいないと思い、ギリギリまで車を入れるのをやめようと思い、ハザードを点けて待っていた。

★ぎょ★残像法師★さんから、30分だけ抜けることができたので、今から会いませんか。どこにいらっしゃいますか、とおっしゃった。すぐに行きます、と言って車をコインパーキングに入れて、待ち合わせ場所に行った。

合流して挨拶もそこそこに夕飯をいっしょに食べに行った。そこで、今日のリハーサルは凄かったので、本番は凄いと思うよ。かなり期待してもらっていいよ、と興奮気味におっしゃった。

外道 が北陸で演奏することがありえないよね、とおっしゃった。外道と言う名前は有名なので知っていますが、名前しか知らないのですが、どんな音楽をされるんですか、とお聞きすると、ハードロックだよ、とおっしゃった。

ペテルソンさんと朝にさせていただき知った、初めて裸のラリーズの動画を見て驚いた、という話を私はした。

白浜久さんが出演されるので、どんな曲をやられるんでしょうか、とお聞きすると、ARBの曲だよ、とおっしゃった。凄く楽しみです、と私は言った。

そうる透さんのドラムは凄いよ。驚くと思うよ、と話されていた。出演されるドラマーの皆さんは凄いから、小さくなっていますよ、とおっしゃっていた。

夕飯をご馳走していただき、歩きながらポンタさんのボーヤになったら寝食をほぼともにして全国ツアーに回り、技を盗む、という方法で一切何もアドバイスはされることはない、という職人の世界だよ、と言う話やいろいろと教えていただいた。やはり、厳しい世界なんだなあ、とあらためて思った。

会場に一緒に行くためにエレベーターに乗ったら今日の出演メンバーの書かれたフライヤーが貼り付けてあった。

あ、このバンド知っている。

え、ペーソス?スマイリー?スマイリー原島さんなら知っていますが、どんなバンドですか?

面白いよ。スマイリーさんは専属司会者。島本さんは風俗ライターとして有名だよ。むちゃくちゃ面白いよ、と話された。

会場に入って、今日は楽しんでね、とおっしゃられて忙しくミュージシャンの方々の準備をされに行かれた。

ステージ近くにソファー風のいすがあったので座った。オールスタンディングだが、ボックス席とステージ近くの両サイドにいすが設置してあった。

ステージの照明だけが点いていて、ミラーボールが回り、会場は薄暗い感じで小さいスポット照明だけがついていた。

出演順、急遽編成されたバンド名を正確に覚えていないので間違っているがお許しいただきたい。

開演は午後6時だったが、その前にJealousGuyでバイトをやられることもある晴志さんの演奏が特別に行われた。

午後6時に開演されて SEiZIさん の演奏が始まった。地元金沢出身のアコースティックギターを弾きがたりをされる方だった。

2番目はスピリッツ、というブルースバンドだった。ステージをよく観ていたら知っている方がギターを弾かれていた。あれ、K三じゃないか、と思った。Kさんは私が以前所有していた車を修理していただいていた方である。のちほど挨拶をさせていただいた。

3番目はJealousGuy Bandの演奏だった。ファンクで70年代のハードロックを演奏する、というスタイルだった。ナイトホークスの工藤哲也さんが参加されてWドラムスの編成で、ichiroさんが急遽参加して3人のギタリストという大所帯のバンドだった。ボーカルの中井さんは司会進行役だったがこのときはステージに立って歌われていた。中井さんはプロを目指されていたそうだが、凄く歌が上手かった。アメリカンバンド、スモーク アンド ウォーター等をファンクのリズムで演奏されていた。ファンクなのでベースサウンドがファンク独特のサウンドでかっこよかった。

各自のソロがあったが、工藤さんのドラムソロ途中でバスドラムペダルが不調になったが、アドリブで★ぎょ★残像法師★さんが再びドラムソロを代わりに叩いてその場をつないだ。ペダルを調整しなおして再びドラムソロを叩かれたときにドラムが燃え上がるぐらいにスティックで叩かれ、ペダルを踏まれて連打されていた。Wドラムということだったが、上手くよく叩き分けることができるなあ、と感心した。どちらも巧いドラマーだからできるのだろうと思った。ギターは皆さん巧い方ばかりなので三者三様のソロを弾かれていた。疾風のハヤマサさんは相変わらず彼らしいソロを取られていた。いつものようにギブソンのSGとアンプはレイニーだった。

今回もハヤマサさんとお話することができなかったがいろいろとお話させていただきたかった。

Nacomiさんは、Nacomi&スレーブスです。スレーブって意味みんな知ってる。奴隷って意味やでぇ。私の奴隷、と小笠原さん、住友さんに対しておっしゃってブルースを演奏された。BB Kingの曲等をされていた。

白浜久さんのバンドは急遽作られた人選だったそうで、メンバー紹介のときに、小笠原さんと住友さんは金曜日に会ったばかりなんです。偉そうに呼び捨てにしていますが、海外で活躍されていらっしゃったそうで光栄です、と白浜さんが話されていた。あんたは紹介しなくていいか、と工藤さんを紹介しなかった。

ギターはボディーがブラックでピックガードがホワイトのフェンダーのテレキャスターを使用されていた。

ARBの曲で、スタンディング オン ザ ストリート、灰色の水曜日、ウォー イズ オーバー を演奏された。アレンジがARBのヴァージョンと違い、かなり激しいアレンジだった。ウォー イズ オーバーの演奏中に一緒に思わず歌ってしまった。1曲工藤さんのボーカルで演奏された曲があったが曲名はわからなかった。

ARBのメンバーだった方がギターを弾かれて、歌われているので興奮した。演奏後ステージに近づき握手をしてもらった。サインを書いてくれますか、とお聞きすると、あとでサインを書いてあげるね、とおっしゃったので出待ちをさせてもらおうとその時に決めた。

T-Birdは石川県のバンドで活動暦が長いバンドだった。ヘッケル田島さんは、70代だそうだが、年齢を感じさせないルックスだった。ギタリストお2人とキーボード、ベース、ドラムの編成でコーラスバンドだった。

桑名晴子さんのステージの前に中井さんが、桑名さんが震災のボランティア活動をされていることを紹介された。

桑名さんは、急遽、と言うか、時間がなかったので今日はエレキウクレレで演奏します。上手くいったら拍手してね、とおっしゃった。

マーヴィン ゲイのWhat Going Onを演奏される前に、今からどうなってるねん、という曲をやります、とおっしゃって一人だけでウクレレを弾きながら歌われた。隣のオーディエンスの人が、マイクがいらないんじゃないの、とおっしゃっていたが、本当に凄い声量だった。

最後の曲紹介で、私の好きな歌で、好きだった西岡恭蔵さんの曲をやります、とおっしゃった。

西岡さんは矢沢永吉さんの曲の作詞を多くされていたのでもちろん知っているが、彼の曲を聴くのは初めてだった。西岡さんは元々がシンガー、ソング、ライターなのでどのような歌を歌われていたのだろうか、と思った。

ハレルヤー、という言葉が何度も出てきた。

西岡さんは最愛の奥様を亡くされてから、酷いうつ病になられて自ら命を絶った。そのことを知っていたので、希望にあふれる歌詞を歌われていたことを考えると複雑な気分になった。

タケバンの演奏がされた。ロックンロールを演奏するバンドだった。ロカビリーファンのような方々が最前列に集まり盛り上がられていた。

中井さんが、ここからは演芸コーナーなので皆さん座ってみてください。2010年R-1グランプリ決勝出場のナオユキの登場です、と紹介された。酔っ払いが絡むようなネタを缶ビール片手にされていた。会場は大爆笑になった。

ええ、お待たせしました。皆さん、お待ちかねのペーソスの皆さんの登場です、と中井さんが紹介したら、会場が拍手が起こった。皆さんが申しわけそうに登場されて、MCのスマイリーさんが、首からデジカメをぶら下げて、お話をされた。野次のように、スマイリー、という声がかけられた。

ありがとうございます。なぜ、私にそんなに人気があるのでしょうか。金沢百万石まつり第2会場でございます、こちらで、一向一揆集の皆様の前で演奏させていただきます、とおっしゃると、会場が大爆笑になった。

その間中、申し訳なさそうに恐縮して、ずっとステージの真ん中で立たれている島本さんのギャップが面白かった。島本さんのライター名を紹介されて、風俗ライターであることや、消費税が上げられそうだ、と言うことをネタに話されていた。

個人経営者の皆さんと同じように風俗ライターも確定申告に行くわけですが、そこで問題が起こるのです。何だ、このラブホテル代とは。ピンクローター代とはなんだ、と50過ぎの男同士がもめだすんですね。必要経費ですから、こちらも食い下がれないですし、相手も怒るわけですよ、ちゃんと申告しろと。でも、風俗ライターですからちゃんとした必要経費ですので話すのですが話が通じない。そうしますと向こうも考えて、若いきれいな女性をよこすわけです。そのような歌を歌います、とスマイリーさんが紹介されて、ステージをあとにされて演奏が始まった。

歌詞が面白くてみんなが大爆笑になった。

演奏後に再びスマイリーさんがステージに立つと、スマイリー、という声がかけられる。

皆さんどうして私の名前を呼ばれるのでしょうか。私は何も演奏に参加していませんよ、とおっしゃったので大爆笑が起こった。スマイリーさんのMC中は島本さんは申し訳そうに再び立たれていた。

最後の曲で、最後の曲になりました、とおっしゃると、え~、というオーディエンスの声が響き渡った。

最後の曲はCMに使われていた曲で、ペーソス唯一のヒット曲といいましょうか、日本サプリメント様豆鼓エキスつぶタイプのCMソングに使われた曲なのですが、メーカー様の売り上げが上がり、広告代理店様がD社になり、ペーソスの歌が使われなくなったという歌でございます。電通様はペーソスなどは使われませんよね、とおっしゃると大爆笑がおこった。

血糖値が高いから、中性脂肪が多いから、と歌われると、この曲をテレビのCMで聴いた事がある、と思った。

途中、スマイリーさんがデジカメで写真を撮られていたので大爆笑になった。

さあ、皆さん、ご一緒に、と絶叫しながら、島本さんが歌われた。血糖値が高いから~、と大合唱になった。

The SonsのステージMCはichiroさんと鮫島さんが交互にされていた。1曲目の演奏のイントロダクションで、どないしょ。ぺーソスの歌が頭からはなれん、歌、うたおうか。何やったけ。え、あ~、そうそう、血糖値が高いからやなあ、と鮫島さんがMCをされていた。

ハードなブルースをされていたがスリーピースバンドだが、音が分厚い。ichiroさんはスティーヴ レイボーンの使用していたタイプのピックガードにSRVと書かれていてレリックで塗装が剥がされているタイプのギターを使用されていた。フェンダーUSAカスタムショップ製だと思う。分厚いギタートーンだった。

ichiroさんが、MCで、僕も今年でデビュー20周年です、と話されていた。

ichiroさんは確かデビューされた頃はギブソンのファイアーバードを使われていたイメージがあったが、間違いかもしれない。

太いトーンを聴くと思わずのってしまう。ハードなブルースバンドなので聴いていて気持ちが良い。

皆さん、お待たせしました。日本のレジェンド。伝説のバンドの登場です。外道、と中井さんが紹介された。

外道のステージングの前に流される恒例なのだろう笑い声がリフレーンされる音楽が流されてメンバーが登場した。

加納さんが白髪の歌舞伎で使われるようなかつらをかぶり、着物を着ていたので初めて観た私は驚いた。

演奏が始まると一気に前列にオーディエンスがなだれ込んだ。いきなり満員電車状態になった。ただ、オーディエンスの皆さんは大人なのでモッシュやダイブはされていなかった。

1曲目が終わると、松本さんが、伝説ではないです。俺らは生きているんで。死んだら伝説ですけれど、と話されていた。

加納さんが笑顔でステージ上を所狭しと移動されていたので凄いバンドだなあ、と思った。初めて聴く曲ばかりだったが、のれた。凄くパワフルな演奏だった。

加納さんはフィードバックを頻繁に使われて演奏されていた。ベテランなので堂々とされているのだが終始笑顔で演奏されていた。

そうる透さんのドラム演奏はすさまじい音で腹に響く音を出されていた。バスドラの音とスティックで叩く音がドでかい。今回の出演者中一番の音のでかさだった。

松本さんのベーストーンはゴリゴリ、ビンビンという独特の音だった。ピック弾きが巧いなあ、と思った。

怒涛のように演奏されたので私は燃え尽きてしまった。凄すぎる、外道は、と圧倒された。

最後は三宅伸治バンドだった。三宅さんは忌野清志郎さんのバックギタリストをされていたのでテレビなどで見たことがある方、知っている方が多いと思う。

自宅に帰って三宅さんのことを調べたら、清志郎さんの運転手、付き人を若い頃にされていた方なのだそうだ。付き人から最後にはバンドのバンマスになっていたので凄い方だと思った。

三宅さんのオリジナルのロックンロールを演奏されていたが、途中で持ち替えたギターについていたシールドコードがとても長いのでどういうことだろう、と思ったら、ステージから会場出入り口まで歩いて行かれた。常に楽しい演奏とオーディエンスを楽しませることを忘れずにされていた方だった。

最後にバラードをされたが、いいことがあるといいね、と何度も歌われる歌詞で、途中で、いいことがきっとあるよ、みんなにいいことがあるよ、と叫ばれていた。

最後にママの挨拶とママのリクエストで三宅さんが中央に立たれてギター演奏をしながら歌われて、そうるさんがドラム、ichiroさんがギターで参加されていたが、ギタリストが大勢参加されていてベーシストも何人か演奏され、そして、出演者全員で、雨上がりの夜空に、をみんなで歌った。オーディエンスも含めて大合唱になった。

撤収作業がすぐに行われたがKさんと少しだけはなさせていただいたが、私も機材運びがあるので、とすぐに撤収作業をされていた。

その後、私はエレベーター前で出待ちをして、鮫島さんにサインと握手をしてもらった。

高橋Jr知治さんに書いていただき、握手をしてもらった。すぐにichiroさんがいらっしゃったので同じ色紙にサインを書いてもらい握手をしてもらった。今日は何日だっけ、とおっしゃりながら書いていただいた。

外道の松本さんにサインを書いてもらおうと思ったときに気難しい方かと思ったが、いいよ、と気軽に書いてもらい、握手も独特な仕方(ロッカーやラッパーがする仕方)で、また会おうな、と言ってもらった。

加納さんらしき人に書いてもらったが、違う方かもしれないがサングラスをかけていらっしゃったが加納さんだと思う。ステージとは違い、近づくなオーラが出ていたが、思い切ってお願いすると無言で書いてくれた。

しばらく待っていると白浜さんがいらっしゃったので、サインとあらためて握手をしていただき、ARBの時代に、オウ マイ オンで解散発表をいきなりステージでされた後の演奏で石橋凌さんが涙を流されて声を詰まらせて歌えなくなったときに、すぐに白浜さんが歌われたあのシーンが好きで、と私が話すと、そういうことがありましたね、と白浜さんがはなされた。そういえば今日やらなかったなあ。なぜやらなかったんだろう、とおっしゃった。

ウォー イズ オーバーの演奏アレンジがかっこよかったです。あの演奏には驚きました、と私が言うと、そうですか。ありがとうございます、とおっしゃった。イメージだと気難しい方だと思っていたが、とてもお気遣いをしていただける方だったので驚いた。

タケバンのお2人にお願いしてサインを書いていただいた。

最後に★ぎょ★残像法師★さんと千鳥足の工藤さんがいらっしゃったので工藤さんにサインを書いてくれるようにお願いすると、俺は今日は客演だから、と遠慮されていたが、★ぎょ★残像法師★さんが、俺の友達だから書いてあげてよ、と言ってくれた。書いていただいたときにポコ○ンマーク、書いてもいい、とおっしゃられたので、いいですけれどミクシィにアップしますよ、といったら、それはまずいでしょ、と笑われた。

千鳥足で受付の方に、このマークポコ○ンに見えないよね、と聞いていた。見えないって。指のマークだよ。それで、俺が誰だか知っているの、と言われたので、ナイトホークスの工藤さんです、と私が答えて、好きでした、というと、何で過去形なの、まだやりたいのに。でも、よくマニアックなバンド知っているよね、とおっしゃりながら、私のポコ○ンをつかんできた。★ぎょ★残像法師★さんが笑われていた。そのままお2人ご一緒にエレベーターに載って降りられていった。

早撃ち次元(ルパンⅢ世。拳銃の早撃ちなので)、といわれるぐらいに、私は早撃ちなのだが、工藤さんに触られたので工藤さんのドラムのようにパワフルな演奏が持続できるように持続できたかもしれない。

携帯電話の時計を見ると午前1時30分を回っていた。

色紙を握り締めて、コインパーキングに私は歩いていった。


JealousGuy 20th Anniversary LIVE 2011 6 5

外道 (加納秀人/松本慎二/そうる透) / 三宅伸治 (三宅伸治 / 高橋Jr知治 / 大島賢治) / タケバン (竹入隆行 / 原敬二 / そうる透) / The Sons (ichiro / 鮫島秀樹 / Roger高橋) / T-Bird (小室良 / 佐々木克彦 / ヘッケル田島) / ペーソス (島本慶 / 岩田次男 / スマイリー井原) / Jealous Guyles Band (中井ヤスフミ / 林真信 / 坂巻暁) / Nacomi / 桑名晴子 / 小笠原義弘 / ナオユキ / 白浜久 / 工藤哲也 / 住友俊洋 / SEiZI/晴志
プロフィール

gilles211227

Author:gilles211227
音楽、車(モータースポーツ)が人生である

人生はギャンブル、日々の生活の中で何かで一発かましてやれないか、と考えて生きている

Keep On Rockin'

よろしく!!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。